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いくつもの夜を越えて
上演時間目安:50〜60分
キャスト
茜
暁生
とばり
まひる(茜と一人二役でも可)
※…台本中の【 】は次の台詞がかぶるように言う、と意味で使っています。
*茜(男の子みたいな格好、帽子着用)茜の家の応接間のソファに一人座っている。そわそわとおちつかない。
*白衣姿の暁生、ドアから神妙な面持ちで出てくる。茜、ハッとして暁生に走り寄る。
茜/父さんは!?
暁生/大丈夫だ。命に別状はない。
*ほっと安堵の表情は浮かべる茜。しかし、暁生の表情は厳しい。
暁生/ただ…
茜/ただ?
暁生/いや、とりあえず詳しい事情を聞こう。
*暁生、そう言ってソファ(あるといいな♪)に腰掛ける。茜もそれを見て暁生の向かいに腰掛ける。
暁生/君の名前は?
茜/茜!大崎 茜!
暁生/茜か…女の子みたいな名前だな。
茜/むかっ)そういうあんたは!?
暁生/私は松野 暁生だ。
茜/…自分だって、似たようなもんじゃないか。
暁生/(咳払いして、カルテみたいなものを見ながら)お父さんの症状に気付いたのは?
茜/気付くも何も…一ヶ月前、父さんを部屋に起こしに行ったんだ。
*暁生、さらさらとカルテに何か書き込む。(この後も茜の話を聞きながら、時々カルテに何か書き込む仕草をして下さい。)
茜/父さんはいつも時間通りに起きてくる人で、絶対、寝坊なんかしたことなかった…。けど、その日は時間になっても起きて来なくて…。
暁生/お父さんを起こしに行った時間は?
茜/じ、時間!?そんなの、いちいち覚えてないよ!
暁生/正確でなくてもいい。
茜/少し考え込んでから)父さんが…いつも起きてくるのが、7時だから…それから一時間たってたかな…八時くらい?
暁生/一時間もほっといたのか?
茜/ちょっとムッとして)だって、家に居ても父さんとなんかほとんど話したことなかったし、顔合わすのだって朝食の時くらいで…とにかく!普段からそんな感じだったから、ほっといても大丈夫かなって…。
暁生/それで?
茜/で、いくらたっても起きてこないから、父さんの部屋に様子見に行ったんだ。そしたら…
暁生/…寝てたのか。
茜/うん。寝てた。(少し間を置いて)いくら呼んでも、ゆすっても…全然、目覚まさなくて…。
暁生/…それから一ヶ月、ずっと眠ったままか…。
*茜、うなづく。暁生、ため息をつき、カルテに目を落とす。
暁生/前日に酒を飲んだような形跡は?
茜/まさか!父さんは今まで酒なんて一滴も飲んだことない!
暁生/何か、服用していた薬は?
茜/それもない。風邪引かないのだけがとりえだったから。
暁生/じゃあ、違法な薬を所持していた疑いは?
*茜、暁生の言葉に怒り、ソファから立ち上がる。
茜/父さんがそんなことするはずないだろ!!
暁生/あくまで可能性として聞いてみただけだ。そんなにかっかするな。
茜/………………。(むっつり)
暁生/いいから落ちついて座れ。
*茜、暁生にソファを指し示され、むっつりとしながらもソファに座りなおす。
暁生/で?違法な薬を所持していた疑いは?
茜/(むっつり)
暁生/疑いは?
茜/だから、ないって言ってんだろ!!父さん、クスリに手を出すような人じゃなかったし…。
それに!色んな医者に見せたけど、みんな「薬物反応はない」って言ってたし…。
暁生/(暁生、険しい顔をしてカルテに何か書き込む)じゃあ、転んで頭を打ったとか、何か事故にあった可能性は?
茜/…仕事中はどうだったか、さすがに分からないけど…でも、帰ってきた時とか、別に変わった様子はなかったし…家でも特に転んだりとかなかったと思う。
暁生/じゃあ、お父さんが何か、事件に巻き込まれたりとかは?
茜/事件って殺人事件とか?まさか!父さん、人に嫌われるような人じゃなかったし。…もっとも、人に好かれるような人でもなかったけど…。
暁生/どういう意味だ?
*暁生、茜の言葉の意味が分からず怪訝な顔。茜、それに気付き、説明する。
茜/うちの父さんてさ、こう仕事ばっかやってて、仕事だけが生きがいみたいな…。ほら、こういうのなんて言うんだっけ?
暁生/ワーカホリック?
茜/そう!ワーカホリック!会社行っては、仕事仕事。家に帰っても、仕事仕事。休日とか暇さえあれば、仕事仕事って感じで、ロボットみたいに働きまくってたから、特に人間関係で揉めたりとかなかったみたい。
暁生/…………………。(渋い顔)
茜/っていうか、まともな人間関係自体、あったかどうか怪しいもんだけど。
*辺りにしばらく重い沈黙が流れる。
茜/あ、そういえば…。
暁生/なんだ?
茜/(茜、首を振って)いや、あんまり関係ないな。
暁生/いや、気付いたことがあれば何でもいい。話してくれ。
茜/(茜、少しためらい)変なんだけどさ、父さんの荷物が処分されてたんだ。
暁生/処分されてた?
茜/うん。ほとんど。日用品から昔の仕事の書類まで。残ってたのは、死んだ母さんの写真と父さんの仕事机くらい。
*暁生、茜の言葉に何か考え込んでいる。それにいらいらと苛立つ茜。ソファから立ち上がり、暁生に詰め寄る。
茜/なぁ、それよりいい加減、父さんが何の病気なのか教えてくれよ!!もう、何人もの医者に見てもらったけど、みんな「原因は分かりません。私共では判断しかねます」ってそればっかりだ!
あんたが名医だっていうから来てもらったんだ!!あんたなら何か分かるだろ!?
*暁生、黙って立ち上がり、そこら辺をゆっくり歩く(なんていいますか、こうTVで患者に病名を告げ
る時に不必要に廊下をうろうろする主治医のように)
暁生/…確かに私はこれと同じ症状の患者を診たことがある。治療して、そのうちの何人かは完治もした。
茜/本当か!?じゃあ、父さんは助かるんだな!?
暁生/ただ、百パーセント治るという保障はない。私が診た患者の何人かは、今だに眠り続けたままだ。
茜/そんな…。
暁生/詳しいことは検査の結果が出ないと、まだ何とも言えない。だがまず間違いなく君のお父さんは私が今まで
診た患者と同じ病気だろう。そうなると、完治する可能性は…三十%だ。
茜/そんな!…じゃあ、父さんは…このまま…。
暁生/目覚めなければ…永遠に眠り続ける。
茜/嘘だろ…。
*茜、絶望し、そのまま力なくソファに座りこむ。
茜/だって…だって、そんなの死んじゃうのと一緒じゃないか!!(茜、首を振って)
いいや、それよりも、もっと辛いよ…。眠り続ける父さんを見ながら、明日、
目覚めるかもしれない…でもひょっとしたら一生目覚めないかもしれないって
…そんなこと考えながら生きていくなんて…耐えられないよ!!
*茜、頭を抱えたまま首を振る。暁生、しばらくその様子を苦々しく見ているが、
決心すると茜から視線をそらして、ぽつりと呟く。
暁生/…方法がないわけではない。
茜/(ばっと顔を上げて)本当か!?
*暁生、懐(ポケットでも可)一枚の写真を取り出し、茜に渡す。
茜/写真を受け取って)誰?これ?
暁生/それは"とばり"という名の男だ。…君のお父さんが眠ってしまう前後に周辺でこの男
をみかけなかったか?
茜/(写真を受け取り、しばし考えこむ)いや…特に見たことないけど…何?この男?あんたの恋人?
*暁生、茜のとんでもないセリフにオーバーリアクション(どんな感じにするかはご自由に)
暁生/そんなわけないだろうが!!何考えてるんだ!!
茜/だって、この写真何回も見てるんじゃないの?手で持ったところが黄ばんでぼろぼろになってる。
暁生/(図星を言われて、「うっ」て感じ)
茜/しかもこれ、日付が五年前だろ?こんな古い写真、大事に持ってるなんて、
あんたの大事な人なんじゃないの?
暁生/(ため息をついて)…君は探偵とか刑事とか…人の事を嗅ぎ回る職業が向いてそうだな。
(←嫌味な感じで)
茜/あ、じゃあビン【ゴ?】
暁生/違う!!
茜/なんだ。ハズレか。
暁生/なんだとはなんだ!!まったく、近頃の子供は…。
茜/で?なんなの?この人?
暁生/この男は…私が追っている男だ…。
茜/追ってるって…じゃあ、あんたもしかして、ストー【カー?】
暁生/怒るぞ!!もう!!
茜/冗談だよ。冗談。…まったく、医者のくせにおとなげないなぁ。
暁生/(まだ怒っている)
茜/で、この男がどうしたの?
暁生/その男は…君のお父さんが眠り続ける原因になった男だ。
茜/どういうことだよ!?
暁生/…先程、便宜上、君のお父さんのことを病気だと言ったが…本当は違う。
茜/なん…だって…?
暁生/君のお父さんはその男により、人為的に眠らされたんだ。
茜/(茜、暁生に渡された写真を見ながら)父さんがこんな風になったのは、こいつのせいってこと?
暁生/そうだ。
茜/なんで!?どうして!?
暁生/ある特殊な薬の投与により、君のお父さんは眠り続けていると考えられる。
茜/薬って…だって、さっきも言ったけど、薬物反応はないって…医者にも言われて…。
暁生/この薬は服用しても通常のような薬物反応は出ない。フェノバルビタールという成分が微量に
検出されるだけだ。何も知らない者なら恐らく気付かないだろう。
茜/だって…そんな…(混乱)第一、こいつ、父さんを眠らせてどうしようっていうんだ!?
暁生/その男の目的は君のお父さんを眠らせることではない。
茜/え?…じゃあ、一体…。
暁生/その男の目的は、その薬を完成させることだ。…君のお父さんは恐らく、実験台に使われたのだろう。
茜/実験台だって!?
暁生/私の患者も何も知らないまま、実験台にされた人たちばかりだ。
…私は何としても彼を止めなければならない。
茜/だけど…こいつは…こんな薬…眠ったまま永遠に目覚めない薬を作って
…一体どうするつもりなんだ…?(暁生の方を見る)
暁生/…………(俯いて押し黙っている)
茜/…分からないのか…。
暁生/(頷く)…ただ、彼はもう恐らく狂っているのだろう…。
茜/…狂って…?なぁ、あんた、こいつと一体どういう関係なんだ?こいつの何なんだよ?
暁生/彼とは、昔…同じ研究所に属していた。志同じ仲間として、共に研究に励んでいた…。
しかし…彼はある日を境に狂った…。私は…私は、彼を止めることができなかった…。
私が気付いた時にはもう、彼は私の前から姿を消していた…。だから、今度こそ私は
彼を止めなければならない。そのためには君の協力が必要なんだ!!
茜/そんな…そんなこと言われても…。
暁生/君のお父さんが薬を服用したということは、必ずお父さんの周りにこの男が現れているはずなんだ!!
なんでもいい!この男について知っていることがあれば教えてくれ!!
茜/(茜、写真を凝視する)でも俺、本当にこんな男見たこと…。
暁生/それは五年前のものだから、多少、印象などは変わっているかもしれない。
…頼む!君が最後の頼みの綱なんだ!!その男の持っている薬のデータが手に入れば、
眠り続けている私の患者達も、君のお父さんも助かるハズなんだ!!
茜/本当か!?
暁生/(頷きながら)ああ。彼の持っている薬のデータが手に入れば、分析して、
解毒剤を作ることも可能だ!なんでもいい。本当にこの男について、何か知らないか?
茜/(戸惑って)でも…本当にこんな男見たこと…。
あっそうだ!なぁ!今までの患者の中で、こいつについて、知ってるヤツは居なかったのか!?
暁生/(渋い顔をして)…私の患者のほとんどは今だに眠ったままだ…。
茜/あ…そっか…。じゃ、患者の家族とかは?
暁生/…身寄りのない者をわざと狙ったのかどうかは分からないが…患者は、事故で家族を失った者や、
天涯孤独の者、皆身寄りのない者ばかりだ。
茜/くそッ!!…じゃあ、今のところ、手がかりは何もないのか…!
暁生/ああ。君なら何か知っているかと思ったんだが…。
茜/ちくしょう!こいつが…こいつの居所さえ分かれば、父さんは助かるのに…!!
*茜、ふと何かに気付き、写真を凝視する。暁生、茜のその様子に気付いて、茜に近付く。
暁生/どうした!?何か、思い出したか!?
茜/なぁ…こいつ…写真じゃ、白衣着てるけど…普段は黒のロングコート着てない?
暁生/(茜の言葉に戸惑う)さあ…?最後に会ったのは、五年前だから、そこまでは分からないが…。
茜/そうだよ!!そうだ!絶対そうだ!!…くそう!黒いコートばっか目立ってたから、
すぐに思い出せなかった!!
暁生/この男を見たのか!?
茜/ああ。間違いない。この部屋で父さんと話してるのを見た。
ドアの影からちらっと見ただけだけど…この男に間違いないよ!!
暁生/本当か!?それで!?
茜/えっ!?それでって…。
暁生/それで、一体何を話していた!?
茜/……………(暁生から目を逸らす)
暁生/聞いてなかったのか…(がっかり)
茜/…だって、ドアの影からちらっと見ただけで、すぐに自分の部屋に行っちゃったから…
そんなの分からないよ!!
暁生/せっかく…手がかりがつかめたと思ったのに…(がっかり)
*気まずい沈黙が辺りをながれる。
茜/あ!でも、この部屋を探せば、何か手がかりが見つかるかもしれない!!
暁生/(ため息をつき、首を振って)あの男がそんな場所に何か隠すとは思えないが…。
*茜、やる気をなくした暁生を無視し、一人でソファの下やゴミ箱の中など、部屋の中を探し始める。
暁生、初めは黙ってそれをただ眺めているだけだったが、茜の熱心な様子にソファから立ち上がり、
一緒に探し始める。しばらく、二人で探しているが、暁生がふと部屋の隅にあった机
(というか電話台のようなもの)に気付き、近寄る。
暁生/これは?
茜/(探しながら)ああ、それ父さんが気に入ってたヤツでさ。最初、自分の部屋に置いてたんだけど、
置く場所なくなっちゃって、この部屋に移したんだ。(まだ探している)
*暁生、机が気になるのか、凝視している。ふと、机の上の写真立てに気付く。写真立てを手に取る。
暁生/この写真は?
茜/(探している手を止めて)…死んだ母さんだよ。
暁生/なるほどな。君に良く似ている。
*茜、暁生の言葉にかっとして、暁生から写真立てを奪い取る。驚く暁生。
暁生/何するんだ!落としたら危ないだろう!
茜/うるさいな!!ぼっとしてないで、あんたも探したらどうだ!!
*暁生、何か言いたそうだが、茜の剣幕に押されて、しぶしぶまた探し始める。
茜、それを見て、ため息をつく。(怒ってる感じで)茜、写真立てをしまうため、
引き出しを開けようとするが開かない。何度も引っ張るが開かない。
ガチャガチャとうるさい音に暁生が振りかえる。
暁生/うるさいな!何をやっている?
茜/(引き出しを引っ張りながら)引き出しが開かないんだよ!!
暁生/(ため息)鍵でもかかってるんじゃないのか?
茜/ああ、そうか。鍵が……。
暁生/…………………………。
茜/…………………………。
*暁生と茜、しばらく凍りついた後、バッと机に近寄る。暁生、引き出しを引っ張ってみるが、
やはり開かない。
暁生/この引き出しの鍵は!?
茜/(首を振って)わかんない!!もともと父さんのだから。
暁生/(引き出しを引っ張るがやはりあかない)くそ!!
茜/(何か思いついたように)あっ!ちょっと俺にやらせて!
*暁生、茜と交代する。茜、ポケットからヘアピンを出し、それを鍵穴に入れてまわしている。
暁生、それを見てため息。
暁生/おもちゃじゃないんだぞ、そんなもので開くわけが…。
*ピン!と軽い音がして鍵が開く。(できればここ効果音欲しいです)
茜/開いた!
暁生/嘘だろ…?
*茜、嬉々として引き出しの中を探す。暁生、その様子にため息。
暁生/君はどうやら泥棒にも向いてるようだな…(呆れ顔)
茜/うるさいなぁ!
暁生/ちょっと見せてみろ。
*茜、暁生に言われて、机の前から退く。暁生、机の中を探す。引き出しの中を見て暁生、
怪訝な顔をする。茜後ろを向いて何かごそごそ探している。
暁生/何だこれは!!
茜/あ、何?
暁生/何か、動物の毛みたいなものが付いてるぞ。
茜/動物の毛?ああ、父さんの気に入ってたえりまきね。
暁生/えりまき?じゃあ、この鼻のようなものはなんだ。
茜/花?父さん、すみれの花好きだったから、俺が昔、押し花にしてあげたんだ。
暁生/押し花?これは簡単には潰れないと思うが…。(暁生、鼻眼鏡を見てかけながら、ふりむく)
茜/もうあんた、さっきから何言って…。
*茜、振り向く。目が合う二人。
茜/何がえりまきと押し花だよ!!
暁生/君が言ったんだろう!
茜/あーもうっ!他にはなんかないの!?
暁生/なぁ、これはなんなんだ?
茜/うるさいっ!
*茜、机に近付き、引き出しを探す。暁生、観客の方に向かって鼻眼鏡をかけたまま、首を傾げる。
暁生、ふと茜の帽子が目が止まる。
暁生/…ところで君。
茜/何?
暁生/さっきからずっと言おうと思ってたんだが…。(茜に詰め寄る)
茜/(後ずさる)な、何だよ。
暁生/部屋の中では、帽子くらい脱いだらどうだ?(茜の帽子を取って茜に背を向け、帽子を見ている)
茜/(帽子を暁生に取られて、頭をおさえてぎゃーって感じ)
暁生/全く、うっとおしくて仕方がな…(振り向いて、髪の長い茜に気付く。)君…
茜/(あわあわ)
暁生/女だったのか…。
茜/…………。
*茜、無言で暁生から帽子を取り返そうとする。しかし暁生は涼しい顔で茜から帽子を遠ざける。
そのうち暁生と茜の帽子の取り合いになる。
茜/返せよ!
暁生/(帽子を手でもてあそびながら)医者の私を騙すとはな…。どうしてこんな格好をしていた?
茜/そんなのどうだっていいだろ!!帽子返せよ!!
*茜、暁生から帽子を取り返そうと手を伸ばすが、暁生にさらりとかわされてしまう。
またしばらく、攻防戦が続く。茜、しばらくしてあきらめたようにため息をつき、ソファに腰掛ける。
茜/父さんが、さ…。
暁生/え?
茜/父さんが俺のこと、死んだ母さんに似てるって言うんだ。
暁生/ああ…。(暁生、先程見た写真を思いだし、頷く)
茜/母さんは俺が物心つく前に死んじゃったから、顔も覚えてないんだけど…
みんなが言うには父さんと母さん、すごく仲が良かったみたい。
…でもさ、母さんが死んじゃってから、仕事ばっかりするようになって…(笑って)
そんなんだから、俺、父さんとまともに喋ったこともないんだけど。
…そんな父さんが、俺のこと見て言うんだ。「茜お前、最近母さんに似てきたな」って…。
普段、一緒に居てもあんまり喋らないような父さんが…「母さんに似てきたな」…って
…笑ってるんだけど…すごく悲しそうな目でさ…。俺、もう父さんのあんな顔見たくなくて…
いつからか…こんな格好するようになってた…。
暁生/……………(渋い顔)
茜/だから!俺がこんな格好してるのは、そういうわけ!もういいだろ!早く帽子返せよ!
*暁生、茜に無言で帽子をかぶせる。
茜/うわっ!いきなり何するん…!
暁生/(ぼそりと)…悪かったな。
茜/え?
暁生/(首を振って)いや、なんでもない。
茜/(笑って)変なの。(机の方に目をやり)…でも、絶対ここだと思ったんだけどなぁ…。
*茜、机に近付き、引き出しをもう一度、探してみる。
茜/あ。
暁生/なんだ?
茜/なんかまだ、引き出しに入ってるよ。
暁生/………。
茜/(じと〜)
*茜、引き出しから出てきた書類に目を通す。
茜/…でも、これもなんか関係なさそうだな。ただの契約書だし。
暁生/契約書?
茜/うん。倉庫のレンタルの。
暁生/ちょっと見せろ!
*茜、暁生に契約書を渡す。暁生、しばらく契約書を見ている。
暁生/この筆跡は…!!この倉庫はどこにある!?
茜/え…龍ヶ崎の…港の倉庫だけど…。
暁生/案内できるか?
茜/ん〜…できるけど…この契約書がどうかしたのか?
暁生/(契約書を見て)…ここに恐らく、とばりがいる。
茜/え…でもこの契約書には何にも…。
暁生/確かにここには、君のお父さんの名前とレンタル会社の名前しか載っていない。
…しかし、間違いない。この筆跡は奴のものだ。
茜/…でもこの倉庫は父さんが借りたものなんだろ?どうして、そこにそいつが…。
暁生/(険しい顔)…それはわからない。君のお父さんを騙して、借りさせたのか…
あるいはお父さんを眠らせたのをいいことに名義を勝手に借りたのか…。
とにかく、ここに…とばりがいる。
茜/分かった!そうと分かれば早く行こう!俺が案内する!
暁生/頼む。
*暁生と茜、舞台からはけるのと同時に暗転。
明けると白コート(希望)の暁生と茜が港の倉庫に入ってくる。
茜/うわ、さむ〜。
暁生/さすがに寒いな。潮風が吹き込んでくる。
茜/くそう。のんきだな〜。自分がコート着てるからって〜。
*寒いのか、腕をさすっている茜。暁生、周りを見渡し、とばりがいないことを確かめる。
茜/(辺りを見まわす)いないみたいだな。ここで間違いないんだけど…。ひょっとして、逃げられた!?
暁生/(首を振って)それはないだろう。日用品から、実験道具まで、全てそのままだ。
すでに逃げられたのなら、足がつかないよう、処分してあるはずだ。
茜/そっか…。ならここで待ち伏せしてれば、そのうち…。
暁生/茜。
茜/なんだよ?名前なんて呼んじゃって、白々しい…。
暁生/ここまで案内してくれて、ありがとう。礼を言う。
茜/(何故か照れる)べ、別にこれくらい…。俺だって、父さんの命かかってるし…。
暁生/ここから先は私一人で行く。君は帰った方がいい。
茜/何言ってるんだよ!?ここまできといて!
暁生/これ以上、君を巻き込むわけには行かない。ここから先は私と彼の問題だ。
茜/馬鹿言うな!!これは俺にだって関係ある!!
暁生/だからだ!!
茜/え…?何を…?
暁生/(小声で)…君は真相を知らない方がいい…。
茜/なんだって?
暁生/とにかく、君は帰るんだ!さあ、早く!
茜/嫌だ!!そんないうこと聞けるか!!
暁生/茜!!
*ここで、舞台奥から黒コートのとばり登場。
とばり/暁生…?暁生じゃないか!?
*暁生と茜、突然のとばりの登場に驚く。
暁生/とばり…!!
茜/あんたは…!あの写真の…!!
とばり/久しぶりだなぁ!暁生。
暁生/………。
とばり/もう何年になるんだ?
暁生/五年…です。
とばり/もうそんなになるのか…元気だったか?
暁生/(苦々しく)はい…。
茜/おい!暁生!!何、呑気に話してるんだよ!?こいつだろ!?父さんを眠らせたやつは!!
とばり/(茜に気付いて)おや?そこにいるのは、茜ちゃんじゃないか。
茜/な、なんで俺のこと…。
とばり/写真立てのお母さんにそっくりだからね。
茜/うるさい!!
とばり/(笑って)それに、君のお父さんから、君のことはよく聞かされた。
「母親似の優しい子」だと。
茜/黙れ!!父さんのこと知ったような口を聞くな!!
とばり/(笑う)
茜/何がおかしい!!
とばり/お父さんのことを知らないのは一体、どっちだろうな…。
茜/なんだって!!
*茜、逆上して、とばりにつかみかかろうとする。それを止めに入る暁生。
暁生/落ちつけ!!君が向こうのペースに乗せられてどうする!!
茜/なんで止めるんだよ!?暁生!!…こいつが…こいつが父さんのこと【を…!】
暁生/いいから!!私にまかせてくれ。
茜/暁生…。
*暁生、とばりを睨みつけ、とばりの方に歩み寄る。
暁生/とばり。
とばり/(笑って)なんだ?暁生?
暁生/…薬のデータをこちらに渡して下さい。
とばり/断る。
暁生/とばり!!
とばり/(ため息をついて)…随分と冷たいんだな…。久しぶりに会った兄弟なのに。
茜/なん…だって…?
暁生/(無言で顔を茜からそむける)
茜/どういうことだよ!?暁生!!
暁生/………。
茜/暁生!!
とばり/(笑って)何も話してないのか?暁生?
(茜の方を見て)…茜ちゃん、暁生は俺の弟だよ。
茜/(ショック)嘘だろ…(暁生の方に向かって)なぁ、嘘だよな?暁生?
全部こいつのデタラメだよな!?
暁生/…本当だ。
茜/暁生!
暁生/とばりは…私の兄だ…。
茜/なんで黙ってたんだよ!?こいつが…暁生の兄貴だってどうして黙ってたんだよ!?
暁生/…すまない。
とばり/(二人の様子を見て笑う)仲間割れか?
茜/(とばりのことを睨んで)黙れ!!もとはと言えば、あんたが父さんのことを…!!
とばり/君に恨まれる覚えはないな。…私は君の父さんの願いを叶えてあげただけだ。
暁生/兄さん!!
茜/(混乱して)…何言って…。
とばり/君のお父さんが望んだんだ。薬の実験台になりたいってね。
茜/嘘だ!!父さんがそんな…そんなこと言うはずがない!!大体、そんな薬の実験台になって何が…。
とばり/そんな薬?すばらしい薬じゃないか。…自ら望む夢を見つづけながら、
永遠に眠りつづける。こんなにすばらしいものはない!!
茜/なん…だって…?
とばり/あれ?知らなかったのか?本当になんにも教えてあげてないんだな。暁生。
茜/だって…父さんに投与されたのは…永遠に眠り続ける薬だってことしか…。
とばり/確かにこの薬を投与された者は永遠に眠り続ける。そして、その間、その者の望む夢を見続ける…。
茜/じゃあ…父さんは…。
とばり/君のお父さんは随分お母さんのことを愛していたようだね。
「妻の夢を見ながら、永遠に眠り続けたい」そう言って、自分から薬の実験台になりたいと志願してきたよ。
茜/そんな…そんなの…嘘だろ…?
*茜、困惑しつつ、ふと暁生の方を見る。暁生、黙って俯いている。
茜/暁生…あんた…気付いてたのか…?
暁生/……………。
茜/暁生!!
暁生/…君から「父さんの荷物が処分されてた」と聞いた時から、なんとなくは…。
茜/なんで…!!父さん…!!どうして…?
とばり/…君のお父さんにとって…君のお母さんがいない世界なんて意味がなかったんだよ…。
茜/黙れ!!お前が分かったような口を聞くな!!
とばり/なら、君ならお父さんのことが分かるのか!?
茜/分かるよ!あんたよりは!俺の方が家族なんだし。
とばり/家族、か。(ハッと笑う)…ろくに話もせず、父親を孤独に追い込むようなことをしておいて、
よく家族だなんて言えたものだね。
茜/何を…何を言ってるんだ…?
とばり/君のお父さんが言っていたよ。
「私は妻を亡くしてから、そのことを忘れるように仕事にうちこんできた…。
けれど気付けば、娘との会話もなくなり、次第に娘も私を避けるようになってきた…。
私は不甲斐ない父親だ…」ってね。
茜/嘘だ…。だって俺のこと避けてたのは父さんの方で…!!
とばり/君のお父さんの方でもそう思ってたらしい。
茜/だって…じゃあ俺…。
とばり/君がお父さんの孤独に気付いてあげられたら、少しは何か変わってたのかもしれない。
茜/じゃあ…父さんが眠りつづけるようになったのは…俺のせい…?
*暁生、茜が痛々しくて見ていられず、茜を庇うようにとばりと茜の間に割ってはいる。
暁生/もうやめて下さい!!兄さん!!どうしてこんな酷いことを繰り返すんですか!?
とばり/どうして…?どうしてお前の方こそ、私の邪魔をするんだ…?
暁生/兄さん!!
とばり/私はただ彼女の夢を見たいだけなのに…。
茜/彼女…?
暁生/兄さん…。
*ここで段々、明りが暗くなっていく。
とばり/そう…。ただ…幸せなあの頃の夢を…。
*ここで完全に暗転。明けるととばりがペットボトルを飲みながらソファに座っている。
そこに暁生がやって来る。(二人とも白衣姿で)
暁生/兄さん!
とばり/お、暁生。(手招き)
*暁生、とばりの横に座る(2個ソファがあるなら、向かい側に)
とばり/もう実験は終わったのか?
暁生/あ、はい。兄さんは?
とばり/あと、ちょっと残ってるんだけどな。休憩、休憩。
*とばり、ペットボトルを飲む。
とばり/ああ、そうだ!暁生、今お前どこの研究室使ってる?
暁生/え…?B-203ですけど…。
とばり/うわービンゴか。
暁生/ビンゴ…?
とばり/暁生は特に危なっかしいからなァ…(一人でぶつぶつ)
暁生/(怪訝な顔で)兄さん?
とばり/うっかり死ななきゃいいけどなぁ…。
暁生/死、死ぬゥ!?ちょっと、どういうことですか!!兄さん!!
とばり/え?
暁生/「え?」じゃないですよ!「え?」じゃ!!なんですか!「うっかり死ななきゃいいけどな」って!!
とばり/ああ、お前の使ってるB-203な。ガス管がかなり老朽化してるらしいんだよ。
暁生/老朽化?じゃ、じゃあガス漏れとか!?
とばり/そこまでは分からないけど。今日、夜に点検するらしいぞ。守衛さんにさっき聞いた。
暁生/わ〜どうしよう!?実験中にガス漏れで爆発!!…とかなったら〜(頭を抱える)
とばり/ああ〜危ないかもな。(さらっと)
暁生/兄さん!?
とばり/だって、お前、そそっかしいじゃん。こないだも試験管二個も割っちゃってさ。
暁生/あれは両手ふさがってるところに、兄さんがぶつかってきたんでしょう!?
とばり/違うって!あれはお前がぶつかってきたんだろ!?
暁生/兄さんです!!
とばり/いいや、暁生が…!!
*二人、どっちがぶつかってきたかでもめている。そこにまひる何やら書類を持って登場。
まひる/もう、二人とも、なに子供みたいに喧嘩してるの?
とばり/まひる!!
暁生/まひるさん!!
*とばり、しゅるりと暁生のよこを抜け、まひるのところに行く。
とばり/聞いてくれよ!まひる!暁生が俺がぶつかってきたせいで試験管割ったって因縁つけるんだ!!
まひる/試験管?
*暁生、とばりがまひるに言いつけてるのを見て、自分もまひるの横に行く。
暁生/違いますよ!!まひるさん!!私が試験管持ってるとこに兄さんがぶつかってきたんです!!
とばり/いいや!!あれは暁生の方からぶつかってきたんだ!!
暁生/兄さんがぶつかってきたんです!!
とばり/暁生がぶつかってきたんだ!!
まひる/はいはいはい!!(手をぱんぱんと叩く)兄弟喧嘩はそこまで!!
*まひるに言われて、暁生ととばりやっと静かになる。
まひる/そもそもどうしてそんな話になったの?
とばり/(まひるに言われて思い出して)あッ!そうそう!まひる!
B-203のガス管が老朽化してるって知ってた?
まひる/B-203?ああ、私の研究室のとなりの?
暁生/えっ?まひるさん、私のとなり使ってるんですか?
まひる/そうよ。
暁生/今度お茶飲みにいっちゃおうかな。
まひる/(笑って)いいわよ。今度いらっしゃい。
*暁生とまひる、いつの間にか仲良く談話している。ふと気付いて後ろを見ると、
とばりがジト目で見ている。
まひる/…何やってるの?とばり?
暁生/兄さん?
*暁生とまひるに言われて、とばり、暁生とまひるの間に割り込むように入ってくる。
とばり、まひるの肩を抱く。
とばり/…言っとくけどな。暁生。まひるは俺の婚約者なんだからな。
暁生/…妬いてるんですか?兄さん?
とばり/違う!!
まひる/いいじゃないお茶ぐらい。
とばり/まひる!
まひる/だって、暁生は私の弟にもなるのよ?
とばり/まひる…(ちょっと感動)
*とばりとまひる、見つめあっている。
暁生、どこかれ構わずいちゃいちゃする二人に頭を抱える。
(ここアドリブでいちゃいちゃしたり、暁生が「うああぁ」とか頭抱えてみてください。)
暁生/し、式は来月でしたっけ?(辛うじて笑って)
とばり/おお、そうだ!教会で式を挙げた後、グランドホテルで披露宴だ!
暁生/そっか…じゃあ、私もそろそろ家を出なきゃいけませんね…。
とばり/え?
暁生/新婚家庭、邪魔しちゃいけませんから…。
まひる/何言ってるのよ!暁生!私がとばりと結婚するからには、あなたももう、家族なのよ!
とばり/そうだぞ!暁生!そんな遠慮なんかするな!!
暁生/兄さん…(ちょっと感動)。(しかしハッとして)ってことは…。
*舞台少し暗くなって、まひると、とばりにスポットライト。(ここからは暁生の想像)
とばり/今日のごはんはなんだい?ハニー☆
まひる/今日はあなたの好きなビーフカレーよ☆隠し味は…あ・い・じょ・う☆
*ここでパッと暁生にスポットが当たる。
暁生/た、耐えられない〜ッッ!!
*ここで舞台全体明るくなり、現実のとばりとまひるに戻る。
とばり/暁生〜?暁生〜?(目の前で手を振る)
暁生/(正気に戻る)ハッ兄さん!?お願いですから!!ビーフカレーは止めて下さいね!?
とばり/はあ?
まひる/あら、今日とばりのとこ、ビーフカレーなの?
とばり/いや、まだ決めてないけど…。
まひる/じゃあ、私作りにいってあげましょうか?ビーフカ【レー】
暁生/いやいやいやいや!!(←嫌、嫌、ではなく、いえいえ、のいや)
*暁生の不審な言動にとばりとまひる、怪訝な顔。ふうと息をつく暁生。
暁生、ふとまひるの持っている書類が目にとまる。
暁生/そういえば、まひるさんは何の研究してるんでしたっけ?
まひる/(書類に目をやって)ああ、これ?私はねー、自分の見たい夢が見られる薬を研究してるの。
暁生/自分の見たい夢が見られる薬?
まひる/ええ、そう。ほら…災害や犯罪に巻き込まれた人って、元気になった後でも、
悪夢にうなされる人が多いの。だから、そういう人達が自分の望んだ、
幸せな夢を見ながら眠れるような薬を作りたいと思って…。
暁生/(感心して)へぇ〜。
まひる/それにね、不眠症の人とかにもいいのよ。
暁生/なるほど。(とばりの方を見て)兄さんは?
とばり/俺か?俺はな、睡眠薬。
暁生/睡眠薬〜?(がっかりしたように)
とばり/何だ!その言い方は!?…睡眠薬って言ってもな、俺が研究してるのは、
ただの睡眠薬じゃない。今までの睡眠薬より強力で、なおかつ、全く副作用のない睡眠薬だ!!
暁生/副作用…?
とばり/そうだ。今までの睡眠薬は効き目がいいほど、翌日の倦怠感、眠気など副作用が多かった。
薬によっては、依存性のあるものもあった。しかし、俺の研究してる睡眠薬は今までのものより強力で、
全く副作用がないんだ!!
暁生/ああ、確かに薬によっては、飲みすぎると幻覚が見えたり危険なものもありますからね。
とばり/そう!そして、なにより薬を飲んだ後のあの倦怠感!!
もう、だるくて、生きる気力がなくなってくるんだよな〜。
まひる/…随分、詳しいのね。睡眠薬使ったことあるの?
とばり/…君を想って、眠れない夜があるのさ☆
まひる/照れて)もう!
暁生/(頭を抱えて)うああぁぁぁ〜。
*まひる、ふと腕時計に目をやる。
まひる/あ、私、そろそろ行くわね。午後も予定がいっぱいなの。
とばり/(残念そうに)え?もう?
まひる/(笑って)とばりも!!研究行き詰まってるからって、いつまでも油うってちゃ駄目でしょ!
とばり/うっ…。
暁生/え?そうなんですか?兄さん?
とばり/(まひるの手を掴んで)もうちょっとくらい、いいじゃん。
まひる/(とばりの手を掴んで)がんばりなさい!それにこれ終ったら、すぐ会えるんだ・か・ら(はあと)
とばり/うん(はあと)
暁生/(頭を抱えて)うああぁぁぁぁ〜。
まひる/じゃあね☆
*まひる、暁生と、とばりを残して去って行く。まひるに手を振るとばり。
暁生/まひるさんって結婚しても仕事やめないんですって?
とばり/ああ。
暁生/意外だな〜。兄さんのことだから、「結婚したら、仕事はやめて俺のことだけ考えてくれ」
とか言うと思ったのに〜。
とばり/ばか。まひるは今が一番、大事なとこだろ。俺のわがままで、家に縛りつけられるかよ。
暁生/兄さん…。
とばり/それに、こう言っちゃ変だけど、同じ研究員同士、分かるんだよな〜。
この仕事に賭ける情熱っていうか、なんていうかさ。
暁生/兄さんて…本気でまひるさんのこと好きなんですね…。(感心するように)
とばり/(ちょっと怒って)なんだ。それ。
暁生/いやいや、気にしないで下さい。あ、じゃあ私も午後の研究あるんで、もう行きますね。
とばり/お、がんばれよ。
暁生/兄さんも、油うってないで、研究がんばって下さいよ!
とばり/分かってるよ!
*暁生、立ち去ろうとする。その時警告音がなって館内放送が入る。
館内放送/館内で火災発生。館内で火災発生。爆発事故が起きた恐れがあります。
研究員はただちに避難して下さい。館内で火災発生。館内で火災発生。
暁生/爆発事故…?
とばり/まさかB-203で?
暁生/そんな!!となりの部屋にはまひるさんが!!
とばり/まひる!!
*とばり、まひるを助けに行こうとするが、暁生に止められる。
とばり/離せ!!
暁生/駄目です!!兄さん危険です!!
とばり/まひるーッ!!
*警告音と館内放送が流れながら、暗転する。あけるとソファにやつれた様子のとばりが座っている。
そこに封筒を持った暁生がやってくる。
暁生/兄さん…。
とばり/暁生…。
*暁生、とばりの隣に座る。
暁生/まひるさんは…?
とばり/…明日、司法解剖するそうだ…。
暁生/そんな…。
とばり/仕方ないさ…死因解明のためだ…。
暁生/………。
とばり/それにまひるはもういない。もういないんだ。
暁生/兄さん…。
とばり/俺も死んだら、まひるのところに行けるのかな…。
暁生/何言ってるんですか!!
とばり/(力なく笑って)冗談だよ。分かってるさ。死んで一緒になれるなんて思ってやしない。
死んだら、ただ暗闇がそこにあるだけだ。もうまひるを想うことすらできなくなる…。
暁生/兄さん…少し寝た方がいいんじゃないですか?
とばり/(力なく笑って)眠りたいんだけどな。寝つけないんだよ。
*暁生、しばらく辛そうな顔をしているが、とばりに持っていた封筒を渡す。とばり受け取る。
とばり/これは?
暁生/まひるさんの遺品です。ほとんどが研究の資料ですけど…。
*とばり、封筒を開け、中身の書類を手に取る。
暁生/まひるさん…仕事熱心な人で…。いちいち細かくマークがつけてあって…本当にこの仕事、
好きだったんですね…。
*とばり、書類を見ているがふと、一枚の書類を見て手をとめる。
その書類に見入り、暁生の話を聞いていない。
暁生/研究所の方で保管するはずだったんですけど…兄さんが持ってた方がいいと思って…。
まひるさんの残した物だから…。
*暁生、とばりの様子に気付く。
暁生/兄さん?
とばり/…そうだ!そうだよ!どうして気付かなかったんだ!
暁生/どうしたんですか?
とばり/まひるが研究してた薬と俺が研究してる睡眠薬。これを合わせれば、
"自分の望む夢を見ながら永遠に眠る薬"が作れる…!!
そうすれば、俺はまひるとずっと一緒にいられる…。
暁生/何言ってるんですか!兄さん!そんなの…死ぬのと同じじゃないですか!!
とばり/お前こそ何言ってるんだ暁生。俺は死ぬわけじゃない。
まひるの夢を見ながら、永遠に眠り続けるんだ。永遠に。…お前も協力してくれるだろう?暁生。
暁生/(首を振る)
とばり/どうしてだ…?暁生。
暁生/兄さん…まひるさんを失って辛いのは分かりますけど……
そんなことをしてもまひるさんは喜ばない!!
とばり/何故だ…?まひるも喜んでくれるに決まってる。ずっと一緒にいられるんだ。ずっと。
暁生/駄目です!!
とばり/どうして…?どうして分かってくれないんだ…?暁生…?
暁生/そんなことをしても兄さんの苦しみが解けるわけじゃない!!
とばり/…分かった。もういい。お前に協力する気がないのなら、俺一人でやる。
暁生/兄さん!
とばり/とめても無駄だ。暁生。俺はこの薬…夢見薬を完成させてみせる。
…まひるとずっと一緒にいるために…。
暁生/兄さん!!
*とばりが去って行くのにかぶさるように舞台暗転。回想終了。暁生ととばりと茜がいる。
暁生/あの日から…兄さんは私の前から姿を消した…。
茜/じゃあ…あんたも大切な人を…。
とばり/長かった…。あの日からもう五年も…。でもやっと夢見薬は完成した…。
暁生/なんですって!?
茜/薬はもう完成してるのか!?
とばり/君のお父さんが協力してくれたおかげでね。…これでやっとまひるの夢が見れる…。
茜/薬のデータは!?
とばり/そんなものはない。
茜/なんだって!?
とばり/夢見薬が完成するのと同時に全て焼き捨ててしまった。
茜/そんな…じゃあ…父さんは…。
とばり/(恍惚として)永遠に幸せなころの夢を見続けるんだ…。
茜/そんな…!!そんな…!
暁生/兄さん、馬鹿なことは止めて夢見薬をこちらに渡してください。
とばり/嫌だ。やっとまひるのもとに行けるんだ…。
暁生/兄さん、会えるんだと言ってもそれは夢の中での話だ。兄さんの想像でしかない。
そのまひるさんだって本物のまひるさんじゃないんだ。
とばり/なら、お前に俺の気持ちが分かるのか!!
*とばりに叱責され、気まずい沈黙が辺りに流れる。
とばり/今でもあの頃の幸せな夢を見るんだ…。まひるがいて、暁生がいて、
昼休みは休憩所で皆で話をして…。ああ、あの事故は全て悪夢だったんだ。
全部夢だったんだ。そう思った瞬間に目が覚めるんだ。
お前にその時の絶望が分かるか?永遠に目覚めなければいい。そう思う気持ちが分かるのか?
暁生/兄さん…。
とばり/俺が何を願った?ただ、幸せなまひるの夢を見ながら眠りたい。そう願っただけだ。
なのに何故邪魔をする?俺はただあいつの夢を見ていたいだけなのに…。
*暁生、押し黙っているが、決心したように顔を上げる。
暁生/…分かりました。兄さん。
茜/暁生!?
とばり/(微笑んで)やっと分かってくれたか。暁生。
暁生/…私も夢見薬を飲みます。
茜/何言ってるんだ!?暁生。
とばり/(うって変わった様子で)駄目だ!!駄目だ駄目だ!!
暁生/どうしてですか!?
とばり/お前まで眠る必要はない!!
暁生/兄さん!!…言ったじゃないですか。"幸せな頃の夢を見ていたいだけだ"って。私も同じです。
茜/暁生!!
暁生/君は黙ってるんだ。(とばりの方を向いて)…兄さんを止めようと五年間、
私は兄さんを追いつづけました。でもそれは間違っていたのかもしれない。
大切な人を失ってなお、生き続けるのは、ただ苦痛なだけかもしれない。だから…。
とばり/暁生…。
暁生/…それに兄さんまで失ったら、私には生きる意味なんてありません。
だったらいっそ、兄さんと共に眠りたいんです。
とばり/(我に返って)駄目だ!
暁生/兄さん!!
とばり/お前まで眠る必要はない。それに夢見薬は一人分しかないんだ。
暁生/なら、二人で分ければいい!!効力は実験済みなんでしょう?
とばり/………………。
暁生/それとも、私に一人で生きろっていうんですか!
とばり/…分かった。
*とばり、そう呟いて、奥の方に消えていく。それまで黙っていた茜、暁生に走り寄る。
茜/暁生!!あんた、兄貴のこと止めようとずっと追いかけてたんだろ!?
それなのにどうしてあんたまで…!!
暁生/茜…。すまない。
茜/あんたまでいなくなったら俺…どうしたらいいんだよ!!
暁生/本当にすまない…。でも…私は兄さんを救いたいんだ…。
茜/…暁生?
暁生/兄さんを苦しめることになるのかも知れない…。でもそれでも私は…。
*ここでとばりが夢見薬を入れたコップ(がいいのかな?それともなんかフラスコとか試験管とか)
を二つ持って来る。中には液体が。
とばり/…これが夢見薬だ。
*そう言って、とばり暁生にコップを渡す。
茜/暁生!!駄目だ!!
とばり/暁生。
暁生/はい。
*暁生ととばり夢見薬を飲もうとする。しかし、寸前で暁生、
とばりからコップを奪い、薬を飲み干し、自分の持っていたコップをとばりに差し出す。
茜/暁生!?何を…!?
とばり/(呆然としている)
暁生/(少し苦しそうに)どうしました?兄さんも早く飲んだらどうですか?
とばり/暁生…お前…。
暁生/それとも飲んでも無駄だって、分かってるんですか…?
茜/どういうことだ!?
*茜、不審に思い、とばりに渡されたコップの中身を見て、少し(本当に少しね)舐めてみる。
茜/これは…!!ただの水じゃないか!!
とばり/……………。
暁生/やっぱりね、兄さん。…薬、私の分だけ、水とすりかえておいたんでしょう?
とばり/暁生!!
茜/どうして…!?
*暁生、ここでソファに倒れこむ。
茜/暁生!!
暁生/兄さんがどんな理由であれ、私に夢見薬を飲ませる筈がないと信じてましたからね。
茜/暁生!
暁生/茜…すまない…。君のお父さんを治すと言ったのに…約束を守れなくて…。
茜/そう思うならなんで…!?
とばり/………暁生、何故!?
暁生/兄さん。大切な人を失ってなお、生き続けることはただ辛いだけかもしれない。
でもあなたのことを大切に思ってる人もいるんです。
辛いかもしれない。苦しいかもしれない。
でも…あなたを大切に思ってる人のために…
あなたを思っていたまひるさんのために…どうか、生きて下さい…。
*ここで暁生、眠りにつき、ぐったりと力をなくす。
とばり/暁生―ッ!!
*眠りについた暁生を抱きかかえるとばり。
茜/暁生…薬を飲む前に言ってたんだ、『兄さんを救いたい』って…。
暁生はあんたのためにここまでしてくれたんだ…。自分の身を犠牲にしてまで…。
とばり/俺は…。
茜/もうわかってるだろ?あんたを大事に思ってくれてる人がこんなに近くにいたんだ。
とばり/そんな人を…俺は自分の作った薬で永遠に眠らせてしまった…。
茜/…でも暁生は眠っただけで死んだわけじゃない。まだ生きてるんだ。
とばり/でもこのままだと暁生は…。
茜/だったら治せばいいじゃないか!あんたが作り出した薬なら解毒剤を作ることもできるはずだ。
とばり/でもデータはもうないと…。
茜/だったら、また一から研究すればいいだろう!いくらだって道はある!!
何年かかっても、何十年かかってもいいから目覚めさせるんだ。
とばり/…………。
茜/暁生はあんたを助けるために薬を飲んだんだ!だったら、今度はあんたが暁生を助ける番だろう!!
とばり/できるかな…俺に…。
茜/やるしかないだろ!
*ゆっくりと暗転。あけるとソファに座っている茜、そわそわと落ちつかない。
そこに白衣姿のとばりがドアから出てくる。
ハッとしてとばりに走り寄る茜。(ファーストシーンにかぶさるように)
茜/暁生は!?
とばり/(苦笑いして)よく眠っている。
茜/(ため息)…今度の解毒剤も失敗か…。
とばり/でも脳波がこの間より覚醒状態に近くなってる。
茜/本当か!?
とばり/ああ。このまま実験を進めていって問題ないだろう。
茜/ようしっ!
とばり/プロカテールの量はこのままでいいだろう。ジギタリスを少し増やした方がいいな。
茜/分かった!
とばり/(病室に続く扉の方を見て)…しかし、もう暁生が眠りについてから一年か…。
茜/弱音、吐くなよ。起きた時に暁生に言いつけてやるからな!
とばり/(笑って)分かってるよ。…でも暁生は一体どんな夢を見てるんだろうなぁ…。
茜/どうせ、あんたの夢じゃないの?起きてる時から兄さん、兄さん、うるさかったし。
とばり/いいや。案外、君の夢かもしれない。
茜/へっ!?
とばり/(ごまかして)ああ、そうだ。お父さんの方の様子は見てきた?
茜/ああっ!そういえば、忘れてた!!
*ここで茜、とばりを残し、舞台から去っていく。舞台の方に向き直るとばり。
とばり/暁生が眠りについて、一年がたった。未だ、暁生の目覚める兆しはない。
でも私は決してあきらめない。いくつもの夜を越えて、いつかお前が目覚めるように…。
*音楽の流れる中、ゆっくりと暗転。
終
*後書き*
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