「第三話」
馬車の中ではカクテュスが笑顔で待っていた。
「すみません、お待たせしてしまって」
ぺこりと頭を下げるオーキッドを見て、カクテュスはくすりと笑った。
「いえいえ、拝見させて頂きましたよ、『猛獣使い』の腕前♪」
「先生…その呼び方はやめて下さいよ…」
と疲れ切ったオーキッドはがっくりと首をうなだれた。
ゆっくりと動き出した馬車の背もたれに、深く身を沈めるとオーキッドはため息を吐く。
ノアールの獄中からの脱走は数知れず、奉仕活動はおろか、ノアールはその凶暴さ故に拘束服を脱ぐことすら許されなかったという。以前の監視員に襲いかかって重傷を負わせたことさえあるらしい。
ぽつりぽつりと耳にするノアールの噂に、着任前はどうなることかとひやひやしていたオーキッドだったが、担当してみればどうということはない。オーキッドにとってノアールはガラの悪い男という程度で、監視活動は大きなトラブルもなく進んでいる。進んでいるのだが、それが周囲にとっては極めて意外な事態らしい。
一体誰が言い出したのやら。
気が付いた時、オーキッドには『猛獣使い』の異名が与えられていた。
先程のダンデとこづきあいをしていたノアールの姿を思い出して、オーキッドの顔に思わず苦笑が浮かんだ。
「先生、アレのどこが『猛獣』なんですか」
思わずそう問いかけると、カクテュスはにたりと笑った。
「『猛獣』、だったんですよ。あなたが来るまでは、ね」
なおも納得のいかない顔で首を傾げているオーキッドを見て、カクテュスはくすくすと笑った。
と、その時。
「先生方ぁ、これからノマシェ地区に入りますぜ」
前方から聞こえた御者の声に二人の間に緊張が走った。
「……頼りにしていますよ。『猛獣使い』さん」
からかうようなカクテュスの言葉に、しかしオーキッドは神妙な面持ちで頷いた。
ことの起こりは十六年前に遡る。
十六年前、ノマシェ海岸は大津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた。その大津波で洗われた海辺から発見されたのが、旧世代のものと見られるノマシェ遺跡である。
旧世代のテクノロジーを解明することを目的としている研究所が喜びの声に湧いたのはいうまでもない。しかし、あいにくノマシェ遺跡があったのは教会の所有地であった。
それが思想的に対立する両者の、長い長いかけひきの始まりだった。
津波被害防止の堤防作りにはじまり、災害孤児への援助、津波で家と土地を失った農夫達の雇用斡旋まで、研究所の援助−−という名の賄賂−−は実に多岐に渡り、その甲斐あってか、ようやく七年前に教会はノマシェ遺跡の発掘調査に同意した。研究所はいよいよ発掘調査のための事前準備にかかり、それに三年の月日を費やした。
事態を悪化させたのは、この三年間であった。
三年の間に、当時、発掘同意書にサインをしたミモザ牧師は教会の地区長から引退。温厚なミモザ牧師にかわってその跡を継いだのは、教会の中でも過激派と囁かれるヒース牧師であった。
『同意書にサインをしたのは三年も昔の話。加えてサインをしたのは当時の地区長であったミモザ牧師であり、自分としては発掘調査に徹底的に反対する』というのがヒース牧師の言い分だった。我慢に我慢を重ね、十年間も教会へ多額の寄付を送り続けた研究所にとって最早、これは宣戦布告以外のなにものでもなかった。
教会と研究所の間の不穏な空気を察して、動いたのは軍部だった。旧世代のテクノロジーがこのまま闇に葬られるのは、軍部にとっても非常な損害ではある。しかしそれよりも軍部が懸念していたのは教会と研究所の間が悪化し、内紛へと発展することだった。
軍部は教会と研究所の仲に立ち、なんとかノマシェ海岸の遺跡の発掘に同意するよう教会へ働きかけを続けた。
「……で、ようやく教会から同意が取れたのが去年、ということになりますね」
「…本っ当にややこしい話ですね…」
とため息をついたオーキッドは不意に思案顔になり
「あれ?でもカマラ地区の遺跡発掘の時はこんなに揉めなかったような気が……」
とつい昨年行われた発掘調査のことを思い出して言った。
「カマラ地区の場合は、遺跡が教会跡ですからね。そりゃあ、教団も喜々として同意書にサインするでしょう」
「ノマシェ海岸の遺跡と何か違うんですか?」
オーキッドの質問にしばしカクテュスは沈黙すると、
「まずは遺跡発見のタイミングですね。当時は津波の被害で教会側もノマシェ地区の住民もおおわらわでしたから、発掘調査どころではないし」
とそこで一呼吸おき、
「でも、一番の問題はノマシェの遺跡が、旧世代の研究施設の跡だと考えられることです」
と答えた。
「研究施設の遺跡だと、まずいことでも?」
オーキッドの言葉にカクテュスは長い長いため息をつくと、
「これがまたややこしい話なんですよ」
と話し始めた。
「先ほど、教会と研究所は思想的に対立すると言いましたが、」
「はい」
「簡単に説明すると、研究所は旧世代のテクノロジーの解明を主な目的としているんです。それに対し、教会側は旧世代の存在を認めていません」
「認めて、いない?」
カクテュスの言葉にオーキッドは耳を疑った。研究所の遺跡調査などにより、旧世代の存在は確認されており、もはや周知の事実となっている。幼い子供でさえもその存在を疑うものはいないだろう。確か、学校の教本にだって、旧世代のことは載っているはずだ。
オーキッドの考えていることをカクテュスも察したのだろう、カクテュスはオーキッドに向き合うとこう言った。
「オーキッド君、『歪んだ文明』という言葉を聞いたことは?」
それは確か、研究所を非難する論文として、一時期有名になったものだった。
「あります。えっと…確か…『我々は我々の文明を築きあげるべきである』…でしたっけ?」
「そう、それです。…現在の文明は私達が築いたものではありません。ほとんどが第一世代の残したブラックボックスを解明することにより、発展してきたものです」
旧世代。あるいはオーキッド達第二世代<セカンド>に対して、第一世代<ファースト>と呼ばれることもある。
第二人類<セカンド>が誕生する遙か昔、存在したと言われている第一世代<ファースト>。
高度な文明を築き上げ、そしてある日突然姿を消した人類。
「第一世代の消滅に関しては、諸説ありますが…いずれにしろ、第一世代が自らの滅亡を予期していたことは、ブラックボックスの存在からいってほぼ間違いありません」
第一世代の遺跡から次々と発掘される黒い箱、通称『ブラックボックス』には、−まるで発掘されることを望んでいたかのように−厳重に第一世代のテクノロジー、あるいはそれに関する文書が封印されていた。
ブラックボックスは、第一世代が自らの滅亡を何らかの形で予期して自分たちのテクノロジーを封印したものではないか、というのが現在の定説になっている。
「研究所が『ブラックボックス』の解明を続けてきた結果、我々の文明はいびつな形に進化を遂げました。研究所や軍部では最先端のテクノロジーが使用される一方、」
とそこでカクテュスは馬車のクッションをぽんぽんと軽く叩いた。
「一般人の移動には未だに馬車が使われ、電気もひかれていない家も珍しくない」
「はぁ…。でも、あの…『歪んだ文明』とノマシェの遺跡発掘反対にどんな関係が…」
そろそろ、カクテュスの話についていけなくなってきたオーキッドが口を挟んだ。
「オーキッド君、第一世代と第二世代の違いを知っていますか?」
そのくらいなら、専門外のオーキッドでも答えることができた。
「ええ。第一世代は我々第二世代と違って、『動物属性』を持ちません。」
「正解です。さて、では動物属性とはなんでしょう?」
にっこりと微笑みながらオーキッドに問いかけるカクテュスを見て、まるで、研究所の入所試験の口頭試問のようだな、などと考えつつオーキッドはその問いに答えた。
「動物属性とは、我々の遺伝子に組み込まれているもので、ある動物の特徴を有しています。低い確率で、耳や尻尾など外見に現れる場合もありますが、多くの場合は髪の色、目の色、肌の色、視覚、嗅覚、聴覚、味覚などにその特徴が現れる程度です」
「お見事。」
と言って、カクテュスはぱちぱちと手を叩いた。
「ちなみにオーキッド君の動物属性は?」
「獅子ですが」
「あっ…なるほどね」
百獣の王ですか、道理で…、とかカクテュスが呟いているのがオーキッドにも聞こえたが、敢えてとりあわないことにした。ここですかさず「どういう意味ですか」とツッコミを入れたら、また『猛獣使い』だのなんだの、に話が戻ってしまうことになるだろう。
「今、オーキッド君が述べてくれたように、ファーストとセカンドの遺伝子構造の間には劇的な変化があります。教団はその過程に、自分達の教理を覆す事実が存在するのではないか、と危惧しているようですね。」
カクテュスの言葉にオーキッドも頷いた。
「なるほど……けど、待ってください。『教理を覆す事実』がある、というのはあくまで推測なんですよね?」
オーキッドの指摘にカクテュスも言葉を濁した。
「ええ。そこが私も釈然としないんです。あるかどうかも分からないものの為に、技術の発展を拒んでまで頑なになる必要があるものか……。ただ、教会の遺跡ならばともかく、第一世代の研究施設の発掘ともなれば、教理を覆す何かが発見されてもおかしくはありません」
とそこで言葉を切ると、カクテュスは窓の外に眼をやった。窓の外には松林が続いている。海が近づいているのだ。
「…教会も、軍部に説得されて、しぶしぶ同意書にサインはしたものの、当のヒース牧師はいまだ発掘には反対しているそうですし、教会内にも根強い反対派がいるそうですから。…今回の発掘調査は危険なものになるかもしれません」
「その件に関しては任せて下さい。その為に私がいますから」
そう、今回オーキッドは、カクテュスの荷物持ちではなく、ボディガードとして、研究所から同行を命じられたのだ。
罪人を日々監視するオーキッドである。一見、細身に見えるその身体は、いざという時のために日頃から鍛えられ、無論武芸にも秀でている。教団が強行手段に訴えてくるとは、考えにくかったが、調査メンバーのメインであるカクテュスに危害を加えて来る可能性は決して低くはない。カクテュスが頑なにエクルの同行を拒んだ理由の一つもそこにあった。
オーキッドの言葉に微笑むと、カクテュスは言った。
「よろしくお願いします。『猛獣使い』さん」
…というわけでようやく馬車が出発しました(汗)身支度してから何ヶ月経ってんねん、て感じですが☆
今回、世界観の説明中心になってしまいましたが、ぼ〜んやり「こんな感じなんだな」と思って頂ければ幸いです(^^;)
そうそう、アニマロイドは衣装はRPGっぽく、でも世界観は近未来という感じなんですよ。
なので、カクテュスは黒いローブ着てても魔法も召喚術も使えないんです。
外見と性格的に悪魔の一匹くらい呼び出しそうな感じがしますが(´▽`)
戻る